3月20日、平成新山ネイチャーセンター主催のジオツアーが雲仙災害記念館の長井大輔氏の案内でありました。
垂木台地にあるネイチャーセンター→千本木展望所→白土湖→霊丘公園→秩父が浦→仁田団地第一公園そこから眉山ロードを通ってネイチャーセンターにもどります。
島原半島は1663年、1792年、1990年と3回の噴火を受けています。
「島原大変肥後迷惑」の1793年の寛政噴火と、先の平成噴火しか知らなかった私、それも、平成の噴火も島原にいなかったせいもあって、なんとなく他人事のように感じているところがあり、このジオツアーに参加して本当に勉強になりました。実際その場所で、長井先生のお話を聞きながら自分の目で見て確かめると、島原が「日本第1号のジオパーク」に認定されたわけが分かった気がします。
ジオパークを一言で言うなら、地球の歴史を学ぶことができる野外博物館のこと。
眉山には、寛文噴火の古焼(ふるやけ)溶岩流と、寛政噴火の新焼(しんやけ)溶岩流による崖ができています。
粘りけのある溶岩が厚みをもって流れ出たからできる地形らしいです。
また、今回初めて知ったのですが、大変の前は、白土湖から東側は海がひろがり、「松島」「中之島」「天島(あまのしま)」があったのですが、それが島原大変で完全な陸続きになったそうです。
この3つの島の跡を探りながら、白土湖から音無川、霊丘神社まで歩きました。「松島」は、現在弁天山と呼ばれる大師堂のところでそういえば小高い丘ですよね。
「中之島」一帯は、今の霊丘公園です。
「天島」は、霊丘公園の突端で海に突きだした丘です。ここには高浜虚子の歌碑と慰霊塔のある護国神社がありました。
また、秩父が浦公園にも初めて行ったのですが、ここは寛政噴火の眉山崩壊でできた大小の小山「流山」があります。
それらの自然の絶景を一望に見渡せるのが、仁田団地です。
慰霊碑にお参りして献花したことはありますが、ジオサイトを一望できるビューポイントして考えたこともなく・・・あいにくのお天気でしたが、町中に点在する緑の小高い台地、九十九島はまさしく流山の跡です。
反対側の眉山には、溶岩流でできた崖がはっきりわかります。
ぜひみなさんも、ジオサイトという目で島原を眉山を眺めてみてください!今、島原ではいろんなジオパーク関連の催しがあります。
ふるさとを見直すいいきっかけになると思います。
写真は、霊丘神社にある丸山作楽の碑の前で「中之島」の説明をする長井先生と参加者23名です。この桜は連休中に満開になったことでしょう。
島原城の堀端の桜も満開です。ただ今日の雨、散ってないか心配。
今日は、島高合格者登校日、なのにやっぱりあいにくの雨です。
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